スケボーの痛み

結構前のことだが、スケボーでこけてかなり悶絶。お気に入りのスタジャンの肘は破けて内出血。大人になってこういうのは結構こたえる。

で、情けなくなって友人にコケたのよーとかボヤいても普通の人は痛そうねーおだいじにーで終わる。でもスケボー経験者に話すと彼らは同じ痛みを知っているので共感の度合いが深く、どうコケた?とかこういうプロテクターあるぜ、とかおれはもっと激しくコケたことあるしがんばれみたいに話が一歩進む。

自分が痛い、と思ったときにこういう風に話せる人がいると嬉しいので、人に共感できるように自分もたくさんの痛みを知ってる人でありたい、とか思ったけど、それこそ偽善だなと次の瞬間に思った。痛みはできることなら避けたいし、それは冒険の副産物であってほしい。

そして話しは変わって、挫折を知らないから甘いのだ、みたいなお説教をみるけど、本当の挫折を味わった人は決してそんなこと言わないのではと思う。他人に同じ思いをさせたい、するべきだなんて微塵も思わないのではないだろうか。

本当に深い絶望にさらされて、それを克服した人たちは、ひたすら静かだ。


25. August 2014 by admin
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